大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和25年(オ)366号 判決 1954年2月11日

高知市丸の内

高知県庁内

上告人

高知県農地委員会

右代表者会長

高知県知事 桃井直美

同市薊野

上告人

高知市一宮地区農地委員会

右代表者会長

中内春義

右両名指定代理人

原矢八

同所一〇二八

被上告人

中沢貞恵

同所

被上告人

中沢民恵

右当事者間の行政処分取消請求事件について、高松高等裁判所が昭和二五年九月一六日言渡した判決に対し、上告人等から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告人両名指定代理人原矢八の上告理由第一点について。

裁判上の自白は相手方の同意がない限り、その自白された事実が真実に反し、且つその自白が錯誤に基ずいてなされたものであることが立証された場合でなければこれを取消すことを得ないものと解するのを相当とする。

記録によれば上告人等は第一審において本件土地は全部被上告人民恵の所有に属する小作地であつて昭和二〇年一一月二三日現在同人が不在地主であるとの理由で上告人一宮地区農地委員会がいわゆる遡及買收計画を定めたものであるとの相手方主張の事実を認めながら、第二審において本件土地の内笹ケ峠三六八番田三畝二五歩中二畝六歩は現況宅地であつてその賃借人たる高橋秀美の請求により上告人一宮地区農地委員会において自創法一五条により買收計画を定めたものである旨主張するに至つたことを窺い知ることができる。そして如何なる行政処分がなされたかということはもとより単なる事実に外ならないのであるから自白の対象となり得ること勿論であり、前掲第一審における相手方主張の事実を認めた上告人等の陳述が裁判上の自白に該当し、またこの自白された事実の一部に牴触する前掲第二審における上告人等の事実上の主張が自白の一部取消を包含するものであることは多言を要しないところである。然るに記録を精査しても、上告人等がかかる事実上の主張をなすことにつき相手方の同意ありたることを窺い得べき証跡はなく、また前示自白が真実に反し且つ錯誤に基ずいてなされたものであることの立証された形跡も認められないところであるから、原審が所論上告人の事実上の主張を許すべからざる自白の一部取消として排斥したのは正当であつて、論旨は理由なきものである。

同第二点について。

記録によれば、被上告人貞恵が本件土地につき上告人高知市一宮地区農地委員会の定めた買收計画に対し自らは異議、訴願をなすことなく昭和二四年一月一二日直接本訴を提起したものであることは所論のとおりである。しかし、被上告人民恵が本件買收計画に対して適法に異議、訴願をなし、上告人高知県農地委員会のなした訴願棄却の裁決が昭和二三年一二月一日被上告人民恵に送達された後(以上の点については本訴当事者間に争はない。)被上告人貞恵において右民恵と共同し同一の請求原因の下に本訴を提起したものであることも亦記録上明らかである。

元来、訴願前置主義の意図するところは、行政処分に不服あるものをして裁判所に出訴する前まず当該行政処分の当否につきこれを是正する権限ある行政庁に対して再考の機会を与え、その処分を是正せしめ、これによつて行政訴訟の提起を不必要ならしめんとするに外ならない。然るに前示事実関係によれば、既に被上告人民恵の異議訴願により、本件買收計画については権限ある行政庁に対しこれを是正すべきか否かに関して再考の機会は十分に与えられ、しかもその是正を得ることはできなかつたのであるから、仮りに他のものにおいて本件買收計画に対し右民恵と同一事由に基ずいて不服を申立てても右行政庁によるこれが是正を期待することは殆んど不可能であろう。さすれば、本件買收計画について異議訴願をなした被上告人民恵が本件行政訴訟を提起し得る以上、被上告人貞恵においてたとえ自らは異議訴願をしなかつたとしても、右民恵とともに共同原告となり同一請求原因を主張して本訴の提起に加わつたからとて、これを否むべき何等のいわれもないというべきである。けだしこれによつて訴願前置主義の精神に背反するところはないからである。そして本訴が行政事件訴訟特例法五条一項四項による法定の期間内に提起されていることは前段説示するところにより明白であるから、被上告人貞恵の本訴の提起に所論のような違法があるとはいい得ない。論旨は理由なきものである。

同第三点について。

原審の事実認定は原判決挙示の証拠を綜合すればこれを肯認することができる。所論は畢竟事実審の裁量に属する証拠の採否を争い延いて事実の認定を非難するに帰し、上告適法の理由に当らない。

同第四点について。

原審は「本件土地は元来被上告人貞恵の所有に属していたところ、同人の夫伊三郎は放蕩をしてその妻である被上告人貞恵の所有土地をも処分するおそれが多分にあつたのでこれを防止する目的からその所有権は移転せずただ登記簿上だけその子である被上告人民恵の所有名義にして置いたものである」との事実を認定し、この事実関係に基ずいて、本件土地につき被上告人民恵を所有者とする右登記簿上の記載は無効であり、本件土地所有権は終始被上告人貞恵に属していたものであると判示しているのである。そしてまた被上告人貞恵においても本件土地はもともと同人の所有していたものである旨主張しているのであり、被上告人民恵からこれが移転を受けたものであると主張してはいないのである。されば、本件では係争土地の所有権につきこれが移転乃至その対抗要件の具備等は問題とはならない筋合であり、所論原判決の判示はその主文に影響なきものといわざるを得ない。(のみならず、国が公権力を以て私の土地を買收するような場合に民法一七七条はその適用なきものであるとの原審の見解は当裁判所大法廷の判例と一致するものであつてこれと反対の見地に立つ論旨に賛同することはできない。そして被上告人民恵が本件土地の真の所有者であるとの主張に至つては事実誤認を前提とするものであり上告適法の理由に当らない。)論旨は理由なきものである。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔)

昭和二五年(オ)第三六六号

上告人 高知県農地委員会

外一人

被上告人 中沢貞恵

外一人

上告指定代理人原矢八の上告理由

右当事者間の昭和二十五年(オ)第三六六号行政処分取消上告事件につき左の通り上告理由を開陳致します。

第一点 原判決は自白について法律の解釈を誤つた違法がある。

第一審において被告(上告人)訴訟代理人の原告(被上告人)の主張に対し「原告主張事実中原告主張の各行政処分のなされたことは認める」との陳述を捉えて本件土地中現況宅地の部分について、自作農創設特別措置法(以下自作法と称す)第十五条の規定による買收であるとの主張の訂正について、右は自白の取消であつて上告人(控訴人)の錯誤に基くものであるとの証拠がないから其の取消は許されない、と判断して居るが一個の行政処分は当事者の争訟する以前既に施行せられた確定せる行為であつて、仮りに其の取消又は変更を求むる訴に於て処分行政庁が相手方の主張を自白したとしても原告の主張自体が真実なる行政処分と符合するものでない限り、未だその訴訟の第二審の口頭弁論終結に至る迄に本来の既存の行政処分と符合するよう、主張を改めることが禁ぜられるものではない、若し仮りにこれが禁止されるとするならば既存の行政処分が特定されず処分争訟の不安定を招来することになり、不合理の極と言うの外はない。行政事件訴訟特例法第九条の存在こそ斯る場合原審が進んで、行政処分の特定をなさざるべからざるものであつて、これを自白の取消に名を籍りてその変更を禁じたるは審理不尽理由不備の判決と云うの外なし。

第二点 原判決は行政処分の取消を求める訴の出訴期間について解釈を誤つた違法がある。

即ち被上告人中沢貞恵が本訴を提起したのは、昭和二十四年一月十二日であること、本件記録上明白であつて本件買收計画が公告縦覧に供せられたるは、昭和二十三年六月二十日を最終期日とすることについては、当事者間争がなく同人が右買收計画に対し異議訴願をなしていないから、其の間に自作法上の出訴期間を徒過して居るのに不拘原判決はこれと反対の解釈に立つている。

第三点 原判決は採証の法則に反し事実の認定を誤つた違法がある、即ち原審は間接証人証言のみを採用し「本件土地は被上告人貞恵が単に登記簿上の所有名義のみを其の子である、被上告人民恵に移転したに過ぎない、被上告人民恵が自己名義をもつて各小作人から小作料受取り、又は小作料の領收証を出したのも登記簿上の名義人と符合させるのみであつた」旨判示したが、右は物権取引の安全を破毀する甚しきものであつて、凡そ物権取引に於て登記簿上所有権者として記載され其の物の支配について完全なる権利を行使し居るものが、尚其の権利の行使が自己に不利益なるとき、直ちに之れを自ら否認し得るとすれば何をか信頼するに足るべきものがあるか、原審は成立に争なき乙第七号証、乙第六号証ノ一、二、について何れも、大正十二年一月十八日登記受付第四七一号をもつて一括して、被上告人貞恵より同民恵に売買による所有権移転の登記があつたものについて、其の一部につき自作法に基く買收ありたる部分については、虚偽の登記なりとしているが、被上告人等は其の一部分即ち乙第六号証の二については、貞恵より民恵に同人より高知市に各完全なる所有権の移転があつたことを自白しているしてみれば、登記原因の同一なる一個の所有権移転について一部は、虚偽一部は真実であると云う理由齟齬を来たしたものである。

第四点 原審は民法第一七七条は国が公権力を以つて、農地の買收を行う場合には適用がない旨判示しているが、登記簿上の所有名義人であり、且つ其の登記簿の記載に基いて所有権を行使しているものに対して、尚農地の買收処分が行われないとするならば自作法の精神は失われその施行は不可能と云うことに帰する。

原判決は法令違背の違法がある。

以上

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